• あちこちで話題になっている「科学常識このぐらいは??目安作り、文科省乗り出す」という記事。全体として、「地球の中心部は非常に高温」(「非常に」って?)、「赤ちゃんが男の子になるか女の子になるかを決めるのは父親の遺伝子」(なにの赤ちゃん?)、「電子の大きさは」(電子の大きさって?)、「大陸は何万年もかけて移動しており」(なぜに何「万」年?)、とか、突っ込みどころが多すぎる問題文だが、まあなにを「正解」としたいのか、予想はできる。
  • ただ生物学的にいうと、やはり疑問が残る設問がある。たとえば、「我々が呼吸に使う酸素は植物から作られた」は○ということになっているが、たとえば大学入試センター試験で「ヒトが呼吸に使っている酸素分子(O2)は植物によって作られたものである、○か×か」というような問題が出たら、僕なら「これって引っかけ問題?」と疑ってしまうだろう。問題になるのは「植物」という言葉の範囲。生物を植物と動物の2つに分けていた大昔ならいざしらず、5界説ですらすでに古くなりつつある今の時代に、系統的に様々な位置にある各種の藻類と陸上植物をまとめて「植物」と言ってしまうのは無理がありすぎる。同様の問題は「ごく初期の人類は、恐竜と同時代に生きていた」(答えは×)にもあって、「恐竜はいまでも鳥として生き残っている」という見方からすれば、ごく初期どころか今でも我々は恐竜と同時代に生きていることになる。もちろん「常識」からいえば「鳥は恐竜ではない」のであるが、「科学」からみてその「常識」が正しいとは必ずしも言えないよね。
  • それに関連して思い出したこと。「ヒトはサルから進化した」という言い方にも、いつも違和感をおぼえる。僕は生物学的にはヒトはあくまでも「サル(霊長類)の一種」だと考えるので、「から」はないんじゃないの、と思う。まあ上のような言い方をする人は「サル」という言葉を「ヒト以外の霊長類」という意味で使っているのだと思うが、サルからヒトをあえて除外する論拠は生物学の中には無い。世間話の中でなら目くじらたてる気はないが、生物学的な文脈の中で言われると、やはり気になる。