境港へは行きそびれたが、蟲文庫をみつける

  • 鳥取の境港に行って、(1)水木しげるロードと記念館をみる、(2)蟹をたらふく食べる、という計画であった。2ヶ月前から旅行会社のパンフレットを集め、日を決め、宿を選び、乗る列車を決め、パックを申し込み、万全に準備を整え、ようやく決行の日が来たのであった。遠足の朝のように早起きし、同居人とともに西条駅から普通列車三原駅へ。そこで新幹線に乗り換える、はずであった。いや、実際いちどは「こだま」に乗り、席にまでついたのである。しかし列車は時刻が来ても動かない。車掌のアナウンスがあった。「姫路駅で人身事故があり、現在、姫路までの各駅に先行列車が停車しています。運行再開にはかなりの時間がかかります。福山方面へお急ぎの方は普通列車をご利用ください……。」
  • やむを得ず、普通列車に乗り換えたが、岡山で乗り継ぐはずだった「やくも」には当然間に合わない。車掌に相談すると、とりあえず倉敷駅でおりて、次の「スーパーやくも」に乗るのが良いのでは、という。まあ1本遅れるくらいのことは大したことではない。われわれは2ヶ月も待ったのだから、と気を取り直し、倉敷に降り、駅の窓口で事情を話す。ふんふん、と聴いていた駅員はしかし、こう言った。「いやあ、伯備線は大雪で、のぼりの列車が動いていないんですよ。下りのスーパーやくもはその列車が岡山で折り返して来るので、いつになるかまったく分かりません。」
  • 我々が乗るはずだった列車はすでに倉敷を出たという。しかしその列車も途中で立ち往生らしい。雪の心配は我々もしていた。が、伯備線なら雪に慣れているだろうという希望的観測もあった。いちおう出かける前にJR西日本のWebサイトで列車の運行状況をみて、運休などのアナウンスがないことも確認したのだが……。このところの大雪には伯備線もかなわなかったらしい。
  • 今後の運行再会の見通しについてはJR側もなんとも言えないということだったので、とりあえず倉敷で時間を潰すことにした。人身事故で新幹線が遅れていなければ、我々はいまごろ雪の伯備線の上だったかもしれない。それに比べれば自由に歩き回れるだけましかもしれない、と気を取り直す。
  • 倉敷といえば美観地区だろう。ということで商店街のアンティークの店をひやかしながら、そちら方面にむかう。大原美術館などがある堀の方へ続く路地を歩いて行くと、自転車に乗ったおじさんに声をかけられた。僕が手にしていたCaplio GX8をみて、めずらしいカメラを持っているね、という。自分も買おうかと迷っているところで云々、いままでもう一人だけ同じカメラを持っている人をみたけど、ワイコンをつけている人をみたのは初めてだ、あっちの方に広角カメラむきの良い町並みがあるよ、お兄さんどこから? 広島か、広島の人は不勉強だから、こっちの(堀の)方にばっかり行って、あっちの方には行かないんだよねえ、云々。と観光ガイドをしてくれた。
  • せっかくなので、お言葉に従っておじさんの教えてくれた方の道を歩いてみる。たしかに古い家並みが並び、とても風情がある。写真をぱちぱち撮りながらずうっと歩いて行くと、左手に小さな古本屋さんを見つけた。看板をみると「蟲文庫」とある。店の名を見ただけで、この店には絶対、自分ごのみのものが置いてある、と直感するような、そんな素敵な名前だ。
  • 勘にはずれはなかった。ほんとに小さなお店なのだが、面白い本がたくさん並んでいてよだれが出そう。アート系、音楽系、文学系などが多いが、生物系の本も置いてある。本だけでなくカードやレコード、そしてなぜかウニ(カシパン?)の化石なども置いてある。すばらしい。しかしまだ鳥取行きを完全に諦めたわけではない我々である。あまり長居もできないし、あまり荷物を増やす訳にはいかない。『ベルリン物語』(橋口譲二)、『ドイツ道具の旅』(佐貫亦男)、『お・あ・い・そ』(松本充代)、『動くしくみ 無脊椎動物からの歩み』(M.ウェルズ、羽田節子訳)の4冊と、かわいいカエルの絵が入ったカードを2枚買う。お店の方にカードの作者についてきくと、「はと」さんという広島の若いアーティストだという話だった。
  • 小腹がすいてきたので、蟲文庫の隣にあったカレー屋さんでカレーを食べる。
  • いったん駅に戻ると、やはり伯備線の運行は大幅に乱れているという。仕方ないので旅行はキャンセル。蟹と水木しげるロードは残念だったが、しかし倉敷では収穫もあった。もし姫路で人身事故がなく、あるいは車掌が倉敷で降りろと言わず、あるいは伯備線が雪で遅れず、あるいは美観地区でおじさんに声をかけられなければ、もしかすると蟲文庫に足を踏み入れることは一生なかったかもしれない。4冊の本とも、はとさんのカードとも巡り会わなかったかもしれない。境港に行っていればまた別の何かと出会っていたかもしれないが、それは実現しなかった世界での出来事。こちらの世界もまた良し、と考えることにする。
  • 大原美術館も観ることができなかったので、倉敷にはもう一度挑戦してみたい。ちかいうちに。






  • しかしやはり蟹が喰えなかったのは悔しい。かわりに西条駅前の「暖流」で魚をたらふく喰う。